プロローグ
「最近、県外ナンバーの車が増えて来て、住宅街(このまち)も物騒になったわね」
「ホント。つい最近(こないだ)も、体と態度と顔だけじゃなく、声まで大きな髭もじゃの男(ひと)がヒキガエルみたいにペシャンコに轢(ひ)かれたんですって!」
「まあっ、『プクプクに弛(たる)んだ中年太りが、羨(うらや)ましいくらいに薄っぺらくなっちゃってた』て云う、事故(あれ)?」
「なんでも『馴れないスポーツ自転車用のサングラスしてたから、前が好く見えてなかった』らしいわよ」
「まあ、怖いわねェ~、自分を知らないオッチョコチョイは…あっ、桐子さん!これから学校?」
「はい?テルミン奏者の輝美さんと、大羊社長の奥様~!これから、天晴(あっぱ)れ保育所の面接なんですゥ~」
「あら、それは大変っ!輝美(わたし)の耳には『天晴れ(あそこ)は重労働・低賃金で所長だけが高給取りの日本版IS(テロリスト)と呼ばれているブラック企業』だって聴いてるわよ。ねえ、大羊の奥様~」
「そうよ、桐子ちゃん。そんな危ない保育所(とこ)止めといた方がいいわよ」
「大丈夫です。所長はシンガー・ソング・ライターもやってるそうだから」
「保育所の経営と、どう関係があるの?保育士(スタッフ)さんには大変な生活を強(し)いといて、自分だけ能天気に歌を唄って遊んでるだけじゃない!つい最近(こないだ)も、金曜日の平日だというのに敦賀(つるが)へ、友達の奢(おご)りで遊びに行ったらしいわよ、みっともない」
「それは、多分、『本』の人じゃない?私が働くのは『木』の人だから…」
「だといいけどね…あっ、それからイヤホンしたまま走(かけ)てると危ないわよ」
「これ、ヘッドホーンだから大丈夫です。それに、騒(うる)さくない歌、聴いてますから」
「どんな曲か輝美ーッ!…パク!ダメだ、こりゃあ↓」
「桐子ちゃん、お隣の杖をついたオッキー爺さんが『車に轢かれそうになった』って云ってたわよ」
「ああ、お魚くわえたドラネコ追い駆けて裸足で駆けてた陽気を通り越して、妖気な爺(ひと)ね…あっ、時間がない。失礼します」
「気を付けてね~」
ランチタイム
「『気を付けてね~』って
、寅娘(どらむすめ)2世先生…ほがいにワテの手料理は心配か
?」


「だって、成人病に罹(な)った食生活してる人でしょぉ?」
「アホンだら~![]()
、そりは山流しされた虚(うつ)け者が独りで騒いどるだけや
。ワテの身体(からだ)は、ほ
そ
マッ
チーっ![]()
ダハハハハ~っ!![]()
」










「2代目寅娘的には、桐子先生。ランチやオヤツの外注を止(や)めて自分で手作りしないといけないほどに経営が逼迫(ひっぱく)されてる方が怖いのよね~」
「きっと、藁(わら)をも縋(すが)りたい気持ちなんでしょうね…新人(わたし)が来たから」
「王妃(わらわ)をローマへ?」
「クレオパトラ。お前をローマへ連れ還(かえ)れば、我がローマの威光は、エジプト(この国)の隅々にまで響き渡るだろう」
「『この国を捨てろ』と云うのですか!」
「もはや王妃(お前)が守るべき祖国(くに)などない。エジプトは、我がローマに負けたのだ。
妃(お前)は戦利品だ!」
「妃(わらわ)は見世物などではありませぬ!」
「他に選ぶ道などない。このローマ帝国の初代皇帝オクタヴィアヌスに従う外(ほか)にはな」
「ならば、賭けをいたしませぬか。もしも妃(わらわ)が負けたなら“戦利品”としてローマに参りましょう。
しかし、もし勝った時には妃に自由を」
「面白い、それだけの価値がある賭けなのだろうな?」
「ペンダント(これ)は我が王家に伝わる真珠…ローマ帝国の初代皇帝オクタヴィアヌスなら、この真珠に見合うだけの素晴らしい体験をさせてくれるであろう。どうじゃ?」
「ふふ…よかろう。妃(お前)がしたこともない素晴らしい体験を、この世の最高権力者である、初代ローマ帝国皇帝のオクタヴィアヌスが味あわせてくれよう。
だが、その前に…妃(お前)を味あわさせてもらおうか…」
「味わい深いんだけどね…」
「だ、誰やっ![]()
」


「あっ、貴方は…キリ!」
「昨日からいる、鬼瓦みたいな顔した不審者のおじさん!?」
「東芝音工で出荷のバイトした時、知り合(お)うた下町のおっさんみたいな顔して、何、ランチタイムにまで紛(まぎ)れ込んどんのぉッ!
」

「おっす、ヒロシ
」

「ヒロシちゃうッ
!ワテには『松木則彦(まつき のりひこ)』云う立派な名前があるゥ~ッ
!ほいでもって、急に馴れ馴れしくしくさりおって…もう、どうしてくれようッ![]()
」




「お前って男はツクヅク単純な生き物だよな…」
「男と云う存在(もの)は、ツクヅク、単純な生き物よのう…真珠よ、妃(わらわ)の運命はローマへと続いておるのか。それとも…妃の上手を行く男に遭ってみたかったのう…」
「
三鷹の西北ゥ~…にある豚まん屋ァ~
…桐子先生、なに呆(み)とんねん」


「知らないおじさんに、チョッと睨(にら)まれたくらいで…臆病(ビビり)ですね」
「び、ビビりって
…♪ビビッてないよぉおお~、ワテはァ~。ビビッてなんか、ないも~んッ![]()
![]()
!」




「寅娘2世先生っ、成人病に侵(おか)された所長先生が、汚い濁声(だみごえ)で調子っ外(ぱず)れに歌いながら、踊りだした~」
「
食堂(部屋)の扉(ドアー)を開けて逃げ出したりなんか…したいも~んッ
…ッて、勝手に開いて、眩(まばゆ)いばかりの光と共に誰かが入って来たァああ~…つっかまえた
一緒に踊ってェ~なァ~、えんた~てえ~な~ッ
」



